高田大介『図書館の魔女』を読んだ感想

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この本との出会い

縁あって、知り合った方に紹介してもらった本です。

本好きの方で、かなりの読書家です。

その方が、「私が2度読みした本です。」と仰ってました。

こんな大部の本を2度読み?と驚くとともに、そんなに面白い本なのかとワクワクしながら手に取りました。

心に残った言葉

言葉は時間の中で一つの方向に向かって紡がれ、あとへ戻ることは決してないのだ。言葉は用いる手段の如何によらず、一条の線をなして、ただ一方向へのみ進む。戻ることのないただ一本の線、まさしく時がそうあるように、言葉もまたそうある。言葉は時とともにあり、時の中にしかない。

高田大介『図書館の魔女』

普段は意識して言葉を話していないので、ハッとしました。

一方向にしか進まず、決して戻ることができないなんて、軽々しく言葉を発せなくなりそうです。

私が関心を持っているのは、相手がどの枝を選ぶかということじゃないんだ。どの枝を刈っているか、ってことに関心がある。どの選択肢を選ばないかっていうこと。読み筋の中で、どの選択肢を最初に排除しているか、それどころか初めから目に入っていないのか、それが知りたいの。そこに人となりが顕れるよ。

高田大介『図書館の魔女』

マツリカとキリンが初めて会ったとき、将棋の手筋について話す場面でのマツリカの言葉です。

2人はとても将棋が強いのですが、マツリカの関心は将棋の勝敗よりも相手の人となりを知ることにあります。

将棋の手筋で何を選ぶかは、指し手の好みや独自の判断以上に、状況の縛りや局面の強制、どうすれば局面を有利に運べるかという将棋の論理に従属していると言えます。

それに対して何を選ばないかは、どうして選ばなかったのか、単なる見落としか、好みの筋ではなかったからか、以前に同じ手筋で負けたからか、何も理由もなく選ばなかったのか・・・。

そこに真の選択の自由が潜んでいるというのです。

キリンと同じく私もなるほどと感じました。マツリカさすがです。

これは将棋の話でしたが、将棋以外でも何を選ばないかで人柄ってわかるのではないかと思ってしまいました。

もし話したいことがあるなら、伝えたいことがあるなら、きっと人はその言葉を手に入れる。語るべきことを持つことは、語る言葉を持つよりもずっと初めにあって、それでいてずっと難しいことなのだ。

高田大介『図書館の魔女』

イラムに恋しているアキームがイラムと話したくて手話を覚えようと頑張っている姿をみて、キリヒトが思ったことです。

アキームの場合は手話ですが、

赤ちゃんが言葉を話すようになるのも、伝えたいことがあるからでしょうか。

伝えたい人がいて、伝えたいことがあれば、言葉はきっと上達しますよね。

キリヒトには不思議だった。本を開いた瞬間にイズミルは吸い込まれてしまったかのよう、そこにいなくなってしまったかのようだった。

高田大介『図書館の魔女』

キリヒトは書物を読まないから、不思議だったんだと思います。

私の息子と娘が本を読んでいるとき、まさに本に吸い込まれてしまったかのようになっています。

私が話しかけても聞こえていなくて、私の存在すら感じていないような。

本の中に入り込んでいるのでしょう。

読書の楽しみの一つですよね。

私が本を読んでいるときも、周りから見ると、本に吸い込まれているんだろうなぁ。

感想

この本に手にしたとき、

本の厚さに驚き、読むのに時間かかりそうだなあと不安を感じましたが、

読み始めると、とっても面白くて、ぐんぐん引き込まれて、あっという間に大部の上下2巻を読んでしまいました。た。

この本を薦めてくれた人が、「私が2度読みした本です。」と言って紹介してくれたのですが、納得です。

本好きの人にぜひ読んでもらいたいです。

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